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万全の体勢で臨む準備と覚悟が身につけば、心も揺るがない

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施術やサービスにおいても完璧を求めすぎるのではなく、人間らしさを大切にすることが大事。2010年に本誌に連続掲載された荘司礼子氏のインタビューを再掲します。

 

 

医療の及ばない範囲をお手伝いするためのエステティックに目をむけるべき


 

荘司 人の手からはさまざまな心が伝わります。相手のことを思い、理解し、手を通じて、その心を伝えなければなりません。私が理事長を務めております日本エステティック協会では現在、まさに「つくす心」の究極といえる「ソシオエステティック」の普及のための活動を行なっています。ソシオエステティックとは、病院や老人ホームをはじめとした各種福祉施設などで、患者にかかわる意味のあるものとして、社会の認知を受けています。

 

花上 エステティックの技術が医療の分野で貢献されているわけですね。ソシオエステティックの普及のため、日本エステティック協会ではどのような活動をされているのでしょうか。

 

荘司  日本エステティック協会では、2004年8月にフランスのCODESと呼ばれるフランス国家が認定するソシオエステティシャン養成機関と契約を締結し、2007年秋からはCODES 認定ソシオエステティシャンの養成プログラムをスタートさせました。1年半にわたるカリキュラムを通して、精神医学、心理学、終末医療、緩和ケアなど、さまざまな医学の知識を身につけるとともに病院・老健施設での研修や実習も行います。エステティックのケアは患者の入所者に対してエステティック施術やメイクアップを施し、病状の治癒・改善の促進、疎外感や不安感の緩和、入院環境の改善などに寄与する技術のことをいいます。医療や福祉の分野で、エステティックの施術を使って肉体・精神の病気に苦しむ人を癒し、励まし、その人が本来の自分を取り戻すための支援をする活動です。たとえば、激しい体の痛みで何日も休むことができなかった末期の患者様が、さすったりなでたりしているうちにお眠りになったこともあります。また、肺がんで呼吸が苦しそうだった方が、ハンドケアの途中から気持ち良さそうにウトウトされ、ケアが終わって「ありがとう」と頭を下げてくださったという話も聞きました。ソシオエステティシャンは高度な医療と福祉の知識と経験が求められるほか、社会的、人道的、福祉的道徳を兼ね備えていなければなりません。フランスではソシオエステティシャンはれっきとした国家資格で、その活動は人間の尊厳にかかわる意味のあるものとして、社会の認知を受けています。医療の及ばない範囲をお手伝いするために、医療とエステティックの協力が大切です。

 

花上 患者様やお年寄りの方のために、エステティシャンだからこそできることがあるのですね。とても有意義なことだと感じます。

 

荘司 日本では、エステティックといえば、痩身や脱毛など、見た目の美しさをととのえるもの、という概念が根づいていますが、本来、エステティックは精神的な安らぎや癒しも提供するものでなくてはなりません。エステティックの持つさまざまな効用や効果は、美容を目的にするだけでなく、もっと社会的に活用させていくべきだと考えます。それによって、現在のエステティックにもたれるイメージや実態を改善し、エステティシャンの社会的認知度や地位を向上させることができるのではないでしょうか。

 

 

着物に対する心得は自分自身の生き方にもつながっている


 

花上 荘司さんは、美容業界・エステティック業界での優れた指導者でいらっしゃるとともに、日本の伝統文化継承にも力を注がれていますね。とくに着物の着付けの分野では数々の著書も出されていますが、どのようなきっかけで着付けを学ばれたのでしょうか。

 

荘司 着付けとの出会いは、国際文化学園付属の美容室で勤務していた時でした。ちょうどそのころの私は、美容師の仕事をするなかでいろいろな迷いや疑問が出ていた時期。そんな時に、国際文化学園の前校長である故・武市昌子先生から、美容師としての新たな挑戦として着付けの技術を身につけてはどうか、と勧められたんです。それまで、着物とはまったくと言っていいほど縁がなかったのですが、私が抱えていた迷いや悩みを絶つきっかけになれば、と思い、思い切って、着装の世界では名高い百日草の着付けコンクールに出場することを決意したのです。そこからは猛勉強の日々でした。毎日、仕事が終わると美容室の床に茣蓙(ござ)を敷いて、徹夜で練習しました。前年度の優勝作品の写真を手本に、襟をつけたり、帯を締めたり。写真と同じ着付けができるようになるまで、何度も練習しました。作品を作り、写真に撮って先生のもとに届けました。2、3日して先生がチェックされ修正すべき点が戻されます。それを参考に作品を作り、また写真を撮って先生にチェックしてもらう、そんな練習を重ねていました。

 

花上 先生と二人三脚で学ばれたのですね。それにしても、相当な努力家でいらっしゃったと感心します。

 

荘司 コンクールの予選前日にはじめて、最初から最後までの工程を先生にチェックしていただきました。でも、すごく緊張してしまって、上手に着付けることができませんでした。先生も「これではだめね」と言われて、途中で帰ってしまわれました。とても悔しかったので、また徹夜で練習して、ボディに着付けをして置き、今までの感謝をこめて手紙を書いて、当日会場に出かけました。コンクール終了後は、先生に見ていただくために着付けしたモデルさんをそのままタクシーに乗せて帰りました。先生もとても喜んでくださって。その時の出来事は今でも忘れられません。後で発表があり、300人中1位だったことを知りました。

 

花上 それは素晴らしい思い出ですね。荘司さんの努力の賜物ではないでしょうか。着付けの技術を身につける中で、何か心境の変化はありましたか?

 

荘司 着物に対する心得が自然と身につきました。そして、その心得は自分自身の生き方にもつながっているのだと思います。たとえば、着物や帯は、自分の一部のように大切に扱うこと。すべてのモノを大切に思うようになります。また、あとで直すのではなく、直す必要がないよう、万全の体勢で臨む準備と覚悟。そういう習慣が身につくと、自然と心までも、ちょっとやそっとのことでは揺るがなくなってきます。着物で歩くときには、おへその下の部分・丹田を意識して、頭を上から糸で引っ張られているような姿勢ですーっと歩を進めると、きれいに見えます。そのような歩き方をしていると、一つ芯の通った、引きしまった気持ちを保つことができるようになります。

 

花上 なるほど。荘司さんはとてもしなやかでありながら、凛とした印象があります。その美しいオーラを醸し出す秘訣は着物の心得にあるのですね。

 

荘司 それから、着物を美しく着こなすために、私は「楽であること」が一番大切だと思っています。帯をきつく締めすぎると苦しくなってきて、自分自身の姿勢が崩れてしまいます。ですから、私は拳ひとつ余裕で入るくらい、緩めて帯を締めます。ですが、たとえ着物を着たまま長時間過ごしても、崩れることはありません。つまり、「楽であること」が、「崩れないこと」につながっているんですね。人間は、完璧を求めすぎると苦しくなってきます。100 をめざそうとすると、プレッシャーに押しつぶされて失敗したりします。私は、何をするにしても、少し物足りないくらいがちょうどいいのではないかと思っています。少しすき間を作っておくことで、ものごとの流れがよい方向に動く余地ができたりしますから。100 ではなく、80くらいに留めておくことで、他の人から助言をいただけたりして、次はもっといいものができたりします。そして、いいものは継続することができます。美しくあるためには信念を持ちながらも受け入れるしなやかさがあることだと思っています。

 

 

荘司礼子 Reiko Syouji

一般社団法人 日本エステティック協会理事長。学校法人 国際文化学園 国際文化理容美容専門学校渋谷校校長。島根県出身。1968年、学校法人 国際文化学園 国際文化理容美容専門学校卒業後、同校の職員に就任。以来、学生指導、学生教育に尽力し、理容師・美容師を多数輩出してきた。1989年「教育功労賞」、1992年「美容教育功労賞」、2000年には理容師・美容師養成功労者として「厚生労働大臣表彰」を受賞。2007年に同校渋谷校校長に就任。理容師・美容師の養成に尽力するとともに、日本の伝統文化継承にも力を注ぐ。

一般社団法人 日本エステティック協会 http://www.ajesthe.jp

学校法人 国際文化学園 国際文化理容美容専門学校 

http://www.kokusaibunka.com/