本来ならば歴史は文化に支えられていなければ。エステも同じです
本場ハリウッドでビューティメイクとスペシャルメイクを経験し、プロとして世界的に活躍した時代から、
美容理論、人材育成論などをインタビューした2009年本誌の貴重なトニータナカ氏の記事を、一部抜粋してご紹介します。
美は心と体の癒しの上に成り立ち、文化によって受け継がれる
トニー ある媒体の取材を通じて、美容の源流を探る旅をしたことがありました。12カ国・30都市ほど回ったのですが、その旅の中で出会ったのが「ホリスティック医療」です。ご存知の方も多いと思いますが、ホリスティック医療は紀元前からあるメソッドで、統合医療のことを指します。西洋医学の利点を活かしながら中国医学やインド医学などの伝統医学、自然療法、心理療法、手技などの代替療法を体系的に統合した治療のこと。国によっては、統合医療は「医療」として認められ、れっきとした治療法として確立されています。エジプトやイスラエルは紀元前から発展してきたといわれています。その頃、僕は忙しい生活を送る中で、過労が原因で倒れ、西洋医学の限界を感じていました。そんなとき、世界の美容・健康体験をしたことをきっかけに、心と体の癒しを大成した「HOLISTIC BEAUTY」を確立。それ以来、私が提唱する美容理論はホリスティックがベースになっています。
花上 日本のみならず世界の美容の歴史を見つめてこられたご経験から、世界と日本の美容業界の違いはあると思われますか?
トニー 文化レベルの差を感じますね。たとえば、アロマテラピーはイギリスに古い歴史があるのは知られていますが、じつはエジプトにはそれよりもさらに古い歴史があります。また、中国には冠元顆粒という血の巡りをよくする漢方があって、古代より使われてきましたが、じつはエジプトにはそれが2000 年以上前からあったといわれているんですね。一方、ヨーロッパでは、かつて修道院が医療・施療機関として機能していて、修道士が医者の役割を果たしていたのですが、修道士が栽培した薬草を抽出したものがハーブティーになったり、そんな中でドクターバッチという人が草花から作り出したエッセンスを使って、バッチフラワーレメディズという代替医療を生み出したり……。そんな風に、世界の美容には脈々と受け継がれた歴史があって、それが深く関係しているんですね。しかし、その歴史が日本にやってきたと同時に、それは単なる“流行”でしかなくなってしまう。
花上 たしかにそうですね。現在、日本では世界のさまざまな美容法が取り入れられてはいるものの、ある種のファッションのように流れている感覚はありますね。
トニー アロマテラピーも、リフレクソロジーも、ネイルもそうです。ブレイクして、それ自体の存在は広く知られるものの、その原点にある歴史的背景や、ルーツを伝えようとしない。そうすると、いつしかビジネスという観点でしか見られなくなってしまう。
花上 エステティックの分野でも、同じことがいえますね?
根本を理解していなければプロではない。嘆かわしいことです
トニー そもそもヨーロッパから広まったエステティックの分野も、代替医療が根本になっていますね。年をとって次第に衰えてくる肉体や精神を、エステティックという療法を使って心と体をケアし、生きる希望を与えていく。もともとエステティックの考え方はそういうものなんですけど、日本に入ってきたとき、人々はそういった歴史的背景よりも真っ先に、“流行”として捉えてしまう。流行が終わり、一般的になって使われつづけるものもありますが、現象もなくなると使われなくなってしまうものもある。本来ならば歴史は文化に支えられていなければならないのだけど。
花上 なるほど。私たちは美容を文化として捉えるとともに、その源流をたどり、その真義を伝えていかなければならないのですね。美容にかかわる人々の意識レベルの低下にもつながりますね。
トニー はい。それは美容業界のみならず、あらゆる産業において言えることではないでしょうか。たとえばヨーロッパのデパートに行くと、ベビー用品売り場には50代、60代のスタッフが接客しています。「私は子どもを5人も育ててきたんだから、なんでも聞いてね!」って。
かたや日本では、子どもを産んだこともないような若い人たちが販売員になっていたりします。
美容の仕事も同じ。体の仕組みや筋肉の動きを学んでいない、ひいては人間の心と体がつながっていることや、美と健康がリンクしていることも理解していないような人たちが、“手の動きを習った”というだけで施術に入っていたりします。「その手の動きは何のためにするの?」と聞いても、答えられなかったりする。それは嘆かわしい話です。
僕は過労が原因で病気をしたことがありますが、その際、リハビリのためにイギリスにあるロイヤルホメオパシーホスピタルという病院で治療を受けました。そこはリフレクソロジーやアロマテラピーなどの代替医療の病院なのですが、技術者たちは、「その治療を何のためにやるのか?」ということを僕に向かって滔々と語るんですね。僕のために行なうすべての行為について、理論づけて話すことができるんです。
花上 世界と日本の技術者を比べると、レベルの差は歴然なのですね。その根本の理由はどこにあるとお考えでしょうか?
トニー 日本の教育体制が変化してきていることにあると思います。僕は全国の美容学校の生徒たちに向けて、定期的に講演を行なっていますが、10年前、20年前と比べると、学生の質が違っていることに気づきます。“考える力”がすごく落ちているんです。現代社会はインターネットが普及し情報がありふれていますが、それによって、人々が考えることを止めてしまっているような気がします。したがって、“本質”を見抜く力が落ちてしまっている。
花上 情報がありふれる現代社会の中で、“本質”を見抜く力をつけるためにはどうしたらよいでしょう?
トニー 「考えること」、「創造すること」、「表現すること」。その3つを繰り返すことが重要だと思います。インターネットで情報を収集するのもいいでしょう。しかし、そこで得た情報を知識として活かし、知恵に変え、さらにアクションにつなげて検証していく。そうすることでようやく、情報は活かされるのだと思います。
また、“百聞は一見にしかず”という言葉があるように、自分が体感すること、見ること、それがすべて。知識を得て満足するのではなく、積極的に体感していただきたいですね。
花上 単に情報を風景のように眺めるのではなく、奥深く検証していくことが大事なんですね。
トニー はい。それが考える力。考えることができるようになると、人に感動を与えることができるようになりますから。現在、僕が代表理事を務める日本メイクアップ連盟(MSOJ)では、年に一度、メイクアップアーティストをめざす学生に向けたアワードを開催しています。メイクアップを競うアワードで、3000 名を超える学生たちが、毎年、熱い戦いを繰り広げます。会場はまるでニューヨークのブロードウェイにあるミュージカル劇場のような雰囲気。エキシビジョンでは、スペシャルゲストにハリウッドで活躍するメイクアップアーティストを招聘して、特殊メイクの実演を行なったり、メイクアップにおいてすぐれた成果を示した方を表彰する「ゴールド・メイクアップ賞」の表彰なども行なったりします。それはそれは華やかなイベントで、参加した学生たちは涙を流して感動してくれます。
花上 それは素晴らしいイベントですね。学生の方々にとっては大きな刺激になることでしょう。
トニー 今、僕は次世代のメイクアップアーティストを育てていく立場にあります。それと同時に、これまでの素晴らしい経験や培ってきたノウハウを、次世代の人たちに伝えていかなければならないと思っています。そのために、若い人たちに僕が体験してきたメイクアップの世界をどんどん体験してもらって、将来の糧にしてほしいと思っています。「本物」を積極的に吸収して、「本質を見抜く力」を養っていただきたい。そんな風に願っています。