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若い世代にも夢とチャンスを与え続けたい

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「私は生涯、夢を追い続ける

 だから若い世代にも夢とチャンスを与え続けたい」

 

 

 

株式会社不二ビューティ

「たかの友梨ビューティクリニック」

代表取締役社長 たかの 友梨氏

 

【Profile】 Yuri Takano

理容師・美容師免許を取得後、1972年エステティックを本場で学ぶため渡仏。帰国後1978年「たかの友梨ビューティクリニック」を設立。その後、現在まで美容家として多岐にわたり活躍。2013年「たかの友梨学園 たかの友梨美容専門学校」を開校。ボランティア・寄付などの社会貢献活動も精力的に行なう。

 

 

 

夢とチャンスがあれば高い壁も乗り越えられる


 

-2019年はどのような年になりましたか?

 

たかの氏 創業42年、改めて人材育成の大切さを実感する年になりました。この数年間コンプライアンスに注力し、それが段々と軌道に乗ってきたのが2019年。働き方改革の地固めはこの5年でほぼできましたので、これからは「技術のたかの友梨」に戻りたいと思っています。社内の制度などが安定してホッと一息ついた時、「やはり技術重視に戻ろう」という気になりました。と言いますのは、ここ数年、私は従業員やエステティシャンをめざす学生さんたちに直何かを指導するということがありませんでした。ところが、とある長崎の高等学校のエステ課で行なった講演で、私どもの講師が海外の技術を披露すると、生徒さんたちは目を輝かせて技術に見入ってくれました。その後も多くの質問を受けるなど、とても大きな反響をいただいたのです。それがきっかけで、私がまだ若い人たちに教えられることはたくさんある、と思うようになりました。

 

 

-若い人材を育成する過程において大切なことは何ですか?

 

たかの氏 やりがいを実感できる環境づくり。それと、チャンスと夢を与えることですね。私がこの仕事を続けられたのは、やはり“やりがい”を感じられたから。会社設立当時、エステティシャンは徒弟制度のもと育成される、いわゆる“職人”と考えられていましたので、今と比べると随分厳しい環境で教育されてきました。ですから、なおのこと“やりがい”を見いだせなくては続けられなかったのです。それは今の若い世代の人たちにとっても同じ。やりがいを感じられ、そこから夢やチャンスを掴むことができれば、高い壁にぶつかったときも乗り越えられると思うのです。ですから弊社では、具体的な夢やチャンスを与える制度や教育の仕組みを整えています。

 

 

 

 

たかの友梨ビューティクリニックミオプラザ館天王寺店。天王寺駅直結、天王寺
ミオプラザ館7Fに位置する天王寺サロンは、高級感と癒しを共存させたラグジュアリー空間。
ハイセンスなインテリアデザインと上質な装飾品で、高揚感あふれる非日常空間を演出している。

 

 

 

「社会に貢献してこそ

 施術者としての自分の存在意義を感じ人の心を成熟させていく」

 

 

 

誰かの役に立てた経験が存在意義の実感につながる


 

-教育制度や評価制度などの社内制度の特長は?

 

たかの氏 新人育成においては、入社から半年間は基礎をしっかりと学べる研修制度を設けています。そこでは、弊社オリジナルのハンド技術や接客マナー、皮膚理論などを勉強します。その後も3カ月ごとに、中堅社員も参加できる定期勉強会を行なっています。また、より高度な技術と知識を養うべく、各分野のエキスパートや海外からの特別講師を招いての講義なども定期的に実施しています。新コース導入の際には、トレーナーが担当地域に出向いて技術を直接指導したり、教育用の技術動画を全店に配布したりするなど、技術レベルの統一を図っています。これらに加えて、3年目教育、トレーナー教育、店長教育など階層ごとに分けられた教育制度によりステップアップをサポートしています。こうしたスキルアップのためには、しっかりとした心身の休息も必要。プライベートの充実も実現できるよう、フレックス休日制度や3時間の遅出、早上がりができる勤務管理システムを採用しています。そして、スタッフには女性としての人生も豊かにしてもらいたいので、時短勤務や勤務地の変更など、産休・育休制度も万全に整えています。実際、子どもを産んで戻ってきてくれるスタッフも多いのでうれしい限りです。

 

 

-御社はボランティア活動にも注力されていますが、その活動の目的とは

 

たかの氏 弊社のライフワークの一つに群馬県の児童養護施設のサポート活動があります。毎年そこで生活する子どもたちをディズニーランドに招待し、エステティシャンらが子どもたちのお姉さん役となりその日一日を楽しく過ごします。人は、自分のために生きているようで、実は誰かのために生きている実感がないと寂しさや物足りなさを感じるもの。社会貢献により自分の存在意義や仕事の目的を実感でき、人の心がどんどん成熟されていくのだと私は思うのです。


私たちは、経営理念「愛といたわりの精神」のもと、エステを通して美と癒しに役立ち幸せを届けるという目標を掲げています。その理念を形にするという意味で、これまでも
東日本大震災でのエステボランティアやカンボジアへの校舎寄贈などの国際支援を積極的に行なってきました。この世の中に生かされている誰しも、きっと何らかの役割をもっている。こうした活動を通して、ほかの誰かのために生きることや働くことが、人間としての原点でありとても尊いものだという〝ホスピタリティの精神〟を、心の隅に留めていてほしいのです。

 

 

 

2019年10月4日に行なわれた「紺綬褒章・褒状伝達式」にて、倉敷市 伊東香織市長(左)たかの友梨氏(右)。
西日本全域の大雨災害にあたり、災害復興支援として個人で寄附した功績が認められた。

 

 

 

若い世代のあこがれとなるよういつまでも挑戦し続ける


 

-優秀なエステティシャンの方には、御社出身の方が多いように思います。

 

たかの氏 確かに、弊社から巣立っていったエステティシャンたちは、専門学校やクリニック併設サロンなど、確かな知識と技術が必要な現場で立派に活躍してると聞きます。こうした優秀な人材が巣立っていくのは弊社にとって正直痛手ではありますが、成長した子を手放す勇気、笑顔で送り出す心、それが親ですから。私はまた育てればいい。その繰り返しで、私が咲かせた花に水をあげてくれる人が続いていく。それが、社内にとどまらず美容業界内で“たかの友梨イズム”として生き続けると思えばうれしいことですよね。

 

 

-昨今、集客にブランディングが大きく影響しているように思います。

 美容家としてのブランディングの先駆者である、たかの先生からアドバイスをいただけますか?

 

たかの氏 エステティシャンとしてイメージを保つには、やはりいくつになっても「きれいであること」が一番だと思います。私がこの先、80歳になっても今の見た目を保っていられたとしたら、すごいと思いませんか。そのために、これからも美しさを保つ努力を続けていきたいと思います。それと個人的な話になりますが、今後さらに世界のエステを学びたいと思っております。世界にはその国の気候や国民の体質に合わせたエステが数多く存在します。それらを学んで、日本人の肌や感覚に合うようにアレンジしてメニューに取り入れていきたいですね。エステでの学びは、私にとってゴルフのようなもの。ずっと打ちっぱなしじゃつまらない。やっぱり基本を続けつつも未知のコースに出ないと刺激がないではないですか。私はエステというフィールドで、そういう冒険を続けたいのです。目で見て確かめて、自分のモノにしてアレンジする。エステティシャン冥利に尽きます。そして最後は、舞台で倒れる役者のように……(笑)。ともあれ、思い描いた結果ばかりではない人生だとしても、今も自分が選んだこの道を走り抜けたいと思います。